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現在開催中の企画展

冬季企画展  木彫と石膏像 展 11/19〜3/17 杜江館

展示作品

橋本平八 《牧童》 木彫

田中太郎 《女立像》 木彫

木村五郎 《カフェの女》 木彫

基 俊太郎 《石舞台マケット》 木彫

石井鶴三 《少女踊》 木彫

喜多武四郎 《女立像マケット》 石膏

藤井浩佑 《腰掛けた女》 石膏

 

以下本年度の終了した企画展

春季企画展     戸張孤雁 創作の軌跡−挿絵・油絵・版画・彫刻−展 4/21〜7/22 第U展示棟  終了致しました。

 《橋を渡る農婦》     《立てる女》

 

 戸張孤雁(1882−1927)は彫刻、絵画、版画、挿絵と幅広いジャンルで活躍した芸術家です。
幼少の頃より、絵を描くことが好きであった戸張は、縁あってニューヨークに働きに出ます。
しかし、仕事は長く続かず、海洋画家リチャーズの学僕として、美術学校に通いながら、挿絵画
家としての研鑽を積むことになりました。荻原守衛との出会いは、その頃のことです。
結核を患って帰国した後も、日本の挿絵の発展に尽力しつつ、版画にも手を染めました。本格
的に彫刻に取り組んだのは、急逝した荻原の粘土を譲り受けてからのことです。病躯のため、比
較的小さな彫刻が多いのが特徴ですが、日本美術院の彫刻家・石井鶴三、中原悌二郎らとともに
大正期の彫刻界に新たな展開をもたらしました。
病気に苦しみながらも切実に芸術を求めた戸張孤雁。その彫刻の微妙な動勢や粘土の扱い、絵
画における繊細な感情表現をご覧ください。

 

 

 

夏季特別企画展  光太郎没後60周年記念 高村光太郎−彫刻と詩−展 7/23〜8/28 杜江館・第T/U展示棟  終了致しました。

 

 

秋季企画展     「長尾杢太郎 ‐水辺を描いた画家‐」展 10/1〜11/6 第U展示棟 終了致しました。

 

 この度碌山美術館では「水辺を描いた画家 長尾杢太郎展」を開催致します。
長尾杢太郎作の《亀戸風景》は、日本近代彫刻の先覚者、荻原守衛(碌山)が17歳の時に初めて目にした油絵です。青年荻原に大きな感動を与えたこの作品は、長尾がのちの新宿中村屋の女主人・相馬黒光の結婚祝に贈った作品で、嫁入り道具の一つとして信州穂高の相馬家に飾られていました。また、長尾は、画家を志した荻原を画塾不同舎へ引率し、指導者小山正太郎への紹介も行っています。このように長尾は荻原を芸術の道に進ませる導き手の一人だったのです。
長尾杢太郎(1868〜1919)は岡山市成羽町の士族・長尾道一の四男に生まれ、師範学校を修業後、大阪に出て洋画家の山下宥に鉛筆画を学びます。やがて上京して小山正太郎の画塾不同舎に入り、明治中期から大正期にかけて太平洋画会で活躍しました。
初期の作品は、小山正太郎の影響を受け、バルビゾン派的な風景画を綿密に色を重ねた色調で描いています。その後は、明瞭な筆の運びによる純粋性と素朴さを備えた画面へと変化し、水郷で汗を流す人々や、川舟の船頭といった水辺にみる日本的な風景を描くことを得意としました。
長尾が洋画制作に励んだ明治の中頃は、日本の美術の流れは国粋主義へと傾き、西洋画は排他的な環境にありました。洋画家達は、不条理な状況下にあっても屈することなく制作に励み、長尾らは、明治35年に西洋画の研究団体「太平洋画会」を創立します。研究所ではデッサン力の習得に努め、個性の尊重を念頭にした自由な画風制作をめざしました。
長尾は、自身の号を「長尾黙」としています。そこには、純粋な眼差しで日本の風景を見つめ、油彩で描く新しい芸術の在り方を自問する長尾の姿を窺うことができます。
西洋画を学んだ長尾杢太郎の描く日本の水辺の情景を御覧下さい。

   
《亀戸風景》制作年不詳 45.5×73.5p  個人蔵
《綾瀬川の夕暮》1902年頃 50.0×65.0p  

 

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